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「母にとっての良い子いたい」と思い込んでいた私

東京校  峰山 フジ子さん(38歳 女性)


私がメンタルヘルス協会の心理カウンセラーの講義を受講しようとしたきっかけは『自分自身がよくわからない』と思った事でした。ちょうど離婚をしたばかりで、これからの人生をやり直す気持ちで自分らしく生きていこう、と決めたものの、“自分らしさ”がわからず、いつも相手に合わせようとするため、深く人と付き合うと疲れていました。

生きている限り人間関係は自分に絡んできますので、人間関係を上手くできるようになんとかしたい、他人と自分を比較してしまい、その結果いつも自分に感じる劣等感をなんとかしたい、キツい自分の性格を変えたい、そうすれば毎日のイライラから解放され、楽に生きられるのではないか、との思いから受講しようと決心しました。

先ずは私の生い立ちをお話しようとおもいます。私の悩みは母親との関係を語らずにはいられないほど、大きく影響していますし、母親との関係を自分なりに整理できれば、私の問題はほぼ解決するのでは、と考えております。

私は、幼い頃から母親の言いなりでした。私の母親は、性格のキツい人です。
とある機会に母親の生い立ちを聞いた事があるのですが、母親の育ち方はかなり屈折しておりました。また私の父親(母親の夫)の職業が不安定でしたので『親兄弟はあてにならない』『自分がしっかりしないと!』という考え方をしないと生きていけなかったのでしょう。そんな信念を持った母親に育てられました。

母親は家庭の中で絶対的な権力を持ち、父親ですらバカにしておりました。幼い私達姉妹に『勉強しないと父親のように、ロクな人生を送れないから、あんた達はしっかり勉強しなさい!』と教えられました。母はそれを実行するために、私達への教育はスパルタでした。まだ3歳になろうか、という私に「ひらがな&カタカナ」を教え、小学校に上がる前には数字の足し算・引き算を徹底的に教えられました。覚えるまで毎日毎晩、勉強の“ノルマ“が課せられました。私たち娘に教育をする時の母親は覚えの悪い私達娘と、仕事の疲れから常にイライラしておりました。少しでも間違えようものなら、大声で叱られ、鬼のような形相でゲンコツもしくは張り手も食らわせられました。毎日毎晩繰り返されるその勉強がイヤでイヤでたまりませんでした。

また、少しでもわがままを言おうものなら、私の体をロープで縛り付け動けないようにし、今なら社会


問題となりそうな、“しつけ”を超えた体罰を繰り返しました。私が母親の言う通りにするまで許してもらえませんでした。

母は学校に行くようになった私の付き合う友達も選別していました。
勉強の出来ない同級生や、自分と気が合わない親の子供に対しては、あの親は常識がないからあの子とは遊んではダメ、お菓子を準備したりと気を使うから友達は家に連れて来てはダメ、せいぜい週に数回友達と遊べば十分だから、学校から帰っても家にいなさい、と言い聞かせられました。

母親は大きくなった私にも、いろいろ口を出してきました。
大学生となった私に彼氏が出来た時は、その彼氏が私にふさわしいかどうかチェックし、ふさわしくないと判断するや否や『早く別れろ!』と私に口うるさく忠告し、あげくの果てには『うちの娘は、○○くんとはもう付き合わない、って言ってるよ』と電話で母が別れ話を切り出す始末でした。同じようなことが結婚後も続きました。

残念ながら、最初の結婚相手とは上手く行かず、離婚してしまったのですが、母は離婚した私に向かって『これからどうするの!出戻った娘と暮らしているとご近所の目もあるから、一人で生活していきなさい。自分が歳をとった時に面倒見てもらえるように、歳をとる前に早く再婚して子供を作りなさいよ!』と言われました。てっきり実家に帰ってきなさい、と言ってもらえると甘えていたので、この言葉には後ろから頭をなぐられたような衝撃を受けました。再婚が決まったら決まったで、再婚の相手にもまたシャシャリ出てきて『私達が病気になったら、ちゃんと世話してくれるのか?自分の両親の世話ばかりしないのか?』『挨拶の仕方が悪い』『お前にふさわしい相手ではない。いい加減に目をさませ!結婚するなら親子の縁を切る!』と言ってきました。

勉強しろ、と口うるさくお尻をたたかれ勉強させてくれた母親のお陰で、私の学校の成績は良く、大学まで進学することができました。家が裕福ではなかったのに、私立の大学にまで進学させてもらい、ありがたいと感謝はしております。現在、母は更年期からくる『うつ病』で、特に用事がなくてもしょっちゅう時を選ばず携帯に電話をかけて来ては『体の調子が悪い。娘なのに私の心配もしてくれない!信じられない!』と、不平不満を言ってきます。しかし、それはうつ病という病気が母にそうさせているのだと理解はしています。また、私を突き放して、自立させようとおもった厳しい言動だったのかもしれません。

ただ、離婚時に母が言ってきた言葉や、再婚相手に対しての言葉や、事あるごとに不平不満を言う母を見て、どうしても母にとって私の存在は『両親のための良い子供を強制させられている』ような気がしてなりませんでした。また、母親と話をしていると、いつも不平不満の後には説教と母親の考えを押し付けられ、私が自分の考えを述べると頭ごなしに叱りつられ『お前の考えはおかしい』と最後には結論付けられます。話をするたびに毎回がこんな感じですので、いつもイライラがおさまらない状態でした。

幼い頃から『自分の考えはおかしい、母親の考えが正しい』と言われ続けられたためでしょうか、また


自分で責任をとることから逃げていたことを積み重ねた結果なのでしょう。私は自分の考えに全く自信がなく、大人になっても決断する際には全て母親に相談しておりました。当時の夫にしてみれば、そんなプ
ライベートなことまで!と思うようなことまで相談しておりました。その当時の私は、大人になっても母の子供だから、親に相談するのは当たり前、と信じて疑う事はありませんでした。

恥ずかしながら自分の意思で決められなくなっている自分にこの歳になるまで気付いておりませんでした。それが母親と話すとイライラするのは、頭ごなしに叱られるのが原因だと思っていたのですが、メンタルで心理カウンセラーの勉強をしていくうちにようやく真の原因が理解できました。

原因を自分なりに考えてみました。
一つ目は、私は常に母親から『否定』され、自分も反発を覚えながらもそう信じ、自分を祖末に考えていたために自分自身に自信が持てず、常に不安で、それでイライラしていたのです。後編講座の『心と体のバランス回復法』の講義の中で自律訓練法(ドイツの精神科医シュルツ博士によって作られた注意の集中、自己暗示の練習によって全身の緊張を除き、心と体の状態を自分でうまく調整できるようになる訓練法)のワークがあり、そこで講師の先生のナレーションによって自分自身に暗示をかける練習の時に、先生がおっしゃった『さあ、いつもがんばってくれている自分の体をゆっくり解放してあげましょう』を聞き、なぜか涙が出そうになり必死にこらえていました。その原因がピントこなくて先生にお話したところ、「自分が欲しい言葉だったから」と教えていただきました。自分が思っていた以上に自分を大切に思っていなかったようです。

メンタルの講座で習った“自分を愛する程度にしか他人を愛せない”―せっかく産まれてきたのだし、みんなと楽しく生きていきたいので、もっと自分を大切にしたいです。

二つ目は『母にとって良い子でいたい』という、承認要求の強さの現れで、私の中の『子供』が親に認めてもらいたいという『母子一体感(子どもがお母さんは自分のことを言わなくても分かってくれる、自分の思い通りに動いてくれるはずと期待してしまう、甘えや依存心のこと)』からだったのです。つまり、心理的大人になりきっていなかったのが原因でした。またその精神的子供の甘えが母に限らず私は自分の周りにいる、信頼しているあらゆる人に対して要求していました。『夫なら、私をもっと気にかけてくれてもいいのに』『夫なら私の考えを理解してくれてもいいだろうに』『友達なら、もっと気を遣ってくれてもいいのに』-まさしく“愛情乞食”でした。
また、「親しき仲にも離別感(相手と自分は違う存在であると認めること)」と最初のガイダンスで教えていただき、自分にはこの考えがかけていたと反省しました。

三つ目は、『いつも他人のせい』にして、自分は悪くない、と心の底では責任逃れをしていたことです。後編講座の『ストレスなく生きる心理学』の講義でゲシュタルト療法(物事の焦点の当て方を変えることで気づきを得ていく療法)を教えていただきましたが、母親の言動でイライラしていると気付いているなら、そうならないための対策をとっていれば、私の母親も私に対してこれほどまでに私に疎ましがられることもなかったでしょう。現状を“変える努力”を怠っていたためというのがよくわかりました。

また『固定観念から解放される心理学』で教えて頂いた論理療法の『私達の感情に影響を及ぼすのは、私達の受け取り方であって、“悩み”の原因は“出来事”そのものではなく、その人の“受け取り方”に

ある』との考え方にも、色々と気づかされました。この論理療法を勉強して、自分のビリーフ(物事の受け止め方・考え方)は常に自分にとって最悪の結果を考えていたことがわかりました。自分自身に最悪の結果が生じるという暗示をかけることで、自分で自分を落ち込ませていたのです。自分の受け止め方に問題がありました。

四つ目は、『完璧主義』だったことです。こうあるべき、との間違った思い込みがあるから期待して、思ったようにならない結果になると落ち込んだりイライラしたりしていました。またその完璧主義によって、そこに到達していない自分自身に対して「自分には価値が無い」と思い込み、“もっともっと高度なレベルの結果をださないと”と満足することがないので不安になってイライラしていた事がよくわかりました。

メンタルで受講を重ね、勉強を進める間にこれらが理解でき、本当にスッキリしました。自分に『手を焼いていた状態』だったので、自分が理解できるようになりました。

受講する度に、またその後の食事会に参加して、先生方やボランティアの方や同じ受講生の方々とお話をする度に、今まで肩に入っていた“チカラ”がスーッと抜けていく感じがし、夫も私が『イライラしなくなって怒らなくなった。気持ちが穏やかになった。』と驚いております。これは私が一番直したかったところでしたので、夫からこのセリフを聞いたときには、心からメンタルで学んで良かった!と喜んでおります。心理カウンセラーの勉強をしていくうちに、自分がどこへ向かっていけばいいのか『将来の地図』を授かったような、晴れ晴れとした気持ちになっております。

ただ、まだまだ勉強が足りておりませんので、そうならないように!と注意された、自分の『足りていないところ・欠けているところ』に注目してしまったり、自分の勝手な『思い込み』から落ち込んだりしてしまうのですが、一気に完璧を求めず、少しずつでも自分を信じて自分を大切にして自分を楽にしてあげられるよう、自分を変えていこうと思います。

現在、私は経営者をサポートするコンサルティングの仕事をしております。心理カウンセラーで習った事を活かす場面は、私達は人に関する仕事ですので多々あります。今後研究コースまで進むつもりですので“心理カウンセラー”として、どうしようもないぐらいに悩んでいたかつての私のように、悩みで人生が楽しく感じなくなっている方へ今よりも楽に生きていくことができるよう、教えていただいた知識を使ってお手伝いできれば、とも思っております。

また、時間が許せば、メンタルの講義で習った事は、生きていく私達にとって一つとしてムダがない勉強だと思いますし、どんな方にも気付きがあり、活かせる勉強だとおもいますので、この素晴らしい講義


をたくさんの方に広めていきたい、また講義を受けにきている方に、私がそうしていただいたように、気
持ち良く、心を解放して、素晴らしい講義内容を“体にしみ込ませやすくする”ためのお手伝いをボランティアとして関わる事ができればステキな人生になるのでは、と考えております。

 

~受講生のレポートより抜粋~
  紹介スタッフ:鈴木

峰山さんのレポートを拝見させて頂き、峰山さんはメンタルの講座を受講して、
本当に楽になられたんだろうな、と感じました。
親子間の問題が切っ掛けでメンタルを受講しに来られる方は、たくさんいらっしゃいます。
その中で、必ずでてくるのは「母子一体感」、甘えの心理です。
親御さんがなかなか子離れできず、子どもはそんな親に反発しながらも心理面でどこか親に甘えている・・・
親と子の双方が一体感を持ち続けてしまうことが多いようです。

私の母と兄の関係もこのパターンでした。
私が受講生だった時に衛藤先生に母と兄の事を相談したことがありました。
その時、衛藤先生は「母子一体感を持ち続けている親子は、どちらかが気づいて
その一体感を断ち切らない限り解決することは出来ない。周囲の人がいくら助言したとしても、
本人達のどちらかが気づいて断ち切らない限り、また元の関係性に戻ってしまうよ」と
アドバイスして下さいました。

峰山さんのレポートを読みながら、私はこの衛藤先生のアドバイスを思い出し、
峰山さん自身が講座を通してお母様への母子一体感に気づいたこと、
そして、その一体感を今まさに断ち切ろうとされているのだな、ということが伝わってまいりました。

自分自身を客観的に見るということは、頭でわかっていても、なかなか出来ることではないと思います。
でも、峰山さんは講座を受講しながら、ご自身を客観的に見つめなおし、
自分が苛立っていた原因を四つ見つけ、それをきちんと整理して言葉に残されている・・・
講座を受けながら、心が楽になっていく過程が私にもよく伝わってまいりました。

衛藤先生が講座の中で「自分の人生は自分自身のもの。親のものでも、他の誰のものでもありません。
しっかりと自分の人生を味わって生きていますか?自分の人生の責任を他人に押し付けていませんか?」と。

峰山さんは、これからご自分の人生を味わいながら、益々輝いていかれることと思います。
この先の研究コースを含め、末永くメンタルとお付き合い頂ければ嬉しいです!