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受講生の感想レポート | 日本メンタルヘルス協会

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受講生の感想レポート

大阪校基礎コース修了 田中和也さん 19歳

みんなが笑顔に過ごせる空間づくり
僕は正直今まで努力しなくても運動神経も悪くないし、頭も悪くないので挫折という挫折をしたことがありませんでした。
ぶつかったことがあったとしてもその問題から逃げてばかりいました。例えば、僕は小学1年生からサッカーをずっとやっていました。ポジションはディフェンダーでした。
小学6年生になったときは、チームの副キャプテンでした。
チームが負けたときには、「点を入れなかったフォワードが悪い」と思っていました。
自分のせいと認めて責められるのが怖いから人のせいにしていました。
その頃から、僕は自分が失敗しても認めず人のせいにするくせをつけてしまいました。

東京校基礎コース修了 大重裕代さん 30歳

挫折を味わえたことに意味がある!~笑顔の輪に囲まれた、全方位美人を目指して~
私は2009年の春、職を失った。
たった半年間の在籍だった。
職員全員解雇、つまりは倒産だった。1年前、当時の職場(医療関係)の方から新規立ち上げ事業の話を伺い、是非その初期メンバーとして参加してほしいとお誘いを受けた。
マネージャーとしてスタッフの指導役を任せたいとの話だった。
当時勤務していたクリニックは盛況ではあったが、それゆえに年々、スローサービスからファーストサービスへと変わっていった。
また、長年働いているスタッフの怠惰振りが目に付くようになった。こうした職場の倫理観や人間関係に疑問を感じていた私は、「患者のペースに合った治療を一貫した担当医が行う、良質な医療サービスを提供する」という新規事業の理念や方針に強く同感し、二つ返事で転職を決意した。
不安はあったが、新しいことへの挑戦はとても魅力的に映る。
初めての業務も、多大な知識を詰め込むことも、プライベートの時間がほとんど開業準備の会議時間に切り替わることも、すべてが楽しかった。
実際に開業するまでは・・・。

東京校基礎コース修了 堀越なぎささん 21歳

聴く為に大事なことは「正そうとする前に分かろうとせよ」なのだ
私は、優しさのつもりで人を傷つけたことがあります。
本当の優しさとは何だろう、思いやりって何だろう・・・。その答えを求めて、右往左往していました。
いろいろな講演会や講座へ参加し、たくさん本も読みましたが、何が正しいのか分かりませんでした。
ただただ自分を見失い混乱するばかりで、人の心を学ぶのがすっかり怖くなっていました。
そんなある日、たまたま読んだ本から日本メンタルヘルス協会の存在を知り、資料を請求しました。
そこに書かれた言葉を見て、衝撃を受けました。

大阪校基礎コース修了 渡邉清彦さん 40歳

愛する息子に嫌われた理由が分かった時
「大阪府警本部 組織犯罪対策課から会社に電話がありました 折り返し連絡が欲しいそうです。」
外出先の私にそう連絡があった。
意味が分からないし 心当たりも無い。
「誰宛?」と尋ねると「渡辺さんをフルネームで指名されました」との事「何?」昨年の10月だったと思う。
みなりのいい初老の紳士から「おたくの開発工事に伴う解体工事の振動が起因し、事務所の一部が壊れたので保障をして欲しい」と連絡を受けた。
直ちに不具合箇所の原因を確認し 弊社の工事が起因した不具合であれば当然保障いたします」そんな内容の返答をし、保険会社と施工会社に調査と修理の指示を出した。
相手の言い分は筋の通ったもので当然の要求だったので、「壊したのなら詫びて直す」こちらも当然の対応を進めた。 
先方の希望もあって私が窓口になった。しかし補償交渉も日を追ううちに要求は多くなり希望される補償内容も大きくなっていった。
そんなころの電話だった。

大阪校基礎コース修了 上加世田みほさん 35歳

仕事、恋人、心の支え…
私が日本メンタルヘルス協会に通い始めたきっかけは、友人の紹介でした。
私はメンタルに通うまで、失敗や恥ずかしかったこと、辛かったことを、無意識に心の奥にしまい込みながら生きてきたように思います。私の家族はとても仲が良く、私は両親の愛情をたっぷり受けて育てられたと、感謝しています。
私には兄がいますが、兄はよく両親に怒られ、両親を心配させ、困らせていました。
私はああいう風にはならないでおこう、と強く思っていました。
“いい子”でいることで母はいつも優しく、周りの人から私のことで褒められて嬉しそうにしている母を見るのが好きでした。
学校でもほとんど怒られることが無く、みんなから“真面目”と言われるようになっていた私は、だんだん人に失敗を見せることが出来なくなっていったのです。
失敗=恥ずかしい事と思い込み、人に同情されたくないから弱音を吐けない、もっと頑張らなければ、と常に思い込んできたように思います。
頑張っていない私は私ではない・・・と。

大阪校基礎コース修了 中村さとみさん 50歳

微笑みながら亡くなる日まで
今から50年前、私は米屋の長女として生まれました。
父母、母の両親である祖父母と暮らしていました。
幼い頃病弱だったため甘やかされて育てられた一人娘の母と結婚し養子に入った父と祖母の折り合いは良くなく、祖父の浮気もあり、いさかいが多い家でした。
働き者の父ではありましたが、腎臓が悪く、体のだるさもあって機嫌がよくありませんでした。
私の下の兄弟は生まれても育たず、子どものころの記憶にある家での葬儀は60代で相次いで亡くなった祖父母も含めて4回。
よく「一人っ子は甘えただ。」、と言われますが、甘えている暇はありませんでした。
家族の入院、死、言い争い。
家族が全員そろって団らんで食事をした思い出もありません。

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