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大阪校基礎コース修了 町田英利佳さん | 日本メンタルヘルス協会

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受講生の感想レポート

大阪校基礎コース修了 町田英利佳さん 26歳

絶望感はあるべくしてあったものだと気付けた
私は物心がついた頃から自分のことが大好きです。
世界でたった一つの存在で、この体と精神の持ち主は唯一私だけ。この私が自分を愛さないなんて自分がかわいそうだ。いろんな自分がいるがひっくるめて全部好きだ。みんなにも愛されている。友人や仲間もいる。とくに悲しい過去や、つらい過去があるわけでもない。自分でも自分を幸せだと思う。
私は自由に憧れている。だから、私は何にもとらわれていない。自由に物事を考え、行動し好きなように生きていると思っていました。
でも、実際はいろんな物や出来事にとらわれ、縛られていました。実のところ以前は「とらわれ」という概念すら知らなかったのかもしれない。
こんな私ですが自分が嫌になり、私は出来ない人間、駄目な娘、努力すらできないグータラな奴だと人生を投げ出したくなったこともありました。
心理学で「とらわれ」とは何なのか!?を学び、今まで知らなかった自分に出会えました。毎日いろんなことがありますが、わくわくしています。また「未来心理学(トランスパーソナル心理学)」に出会えたことでますます生きることが楽しくなりました。メンタルヘルスではたくさんの「気付き」がありました。
以前の私は周りを明るくする存在でいなければならい、弱音は吐いてはいけない、マイナスな考えが浮かんだらすぐにプラスに考えを切り替えて、前向きでなければならないと思っていて、それが普通のことだと思い込み「とらわれ」ていました。
いつでも明るい笑顔の「私でなければならない!」にとらわれていたこと、みんなの期待にこたえようと頑張っていたこと、みんなが笑顔でいてくれないと不安で、愛されるのに必死なのだと気が付きました。どうして私がこんな性格になったのかが、心理学に出会えて知ることができました。
私は奄美大島で父、母、姉、妹、私、祖父母の七人家族で沢山の愛情を注がれて、大自然の中でのびのびと育つことができたので、明るく元気で前向きに育ったのだと思っていました。
しかし、それだけではありませんでした。まず姉の存在です。姉は小学校から不登校がちで、高校はほぼ引きこもりで進級も先生の特別な協力なしではできなかっただろうし、活発でぐいぐい前にでるタイプの私とは正反対で、引きこもりがちでおとなしい姉。そんな姉がはずかしかった。精神的にも体力的どうしてこんなに弱いと思っていました。姉も私と同じであることを求めていました。姉は姉で私と一緒の性格でなくていいのに、私と正反対とも言える性格を受け入れることが出来なかったんです。
姉を責めることはあっても苦しみに気づこうとしなかった。田舎なので幼稚園から高校まですべて一緒。友達に「お姉さん見たよ。」とか「どれが姉ちゃん?」と聞かれるのが嫌だった。姉を嫌っていました。
でも姉はそんな私を妹として愛してくれていて、私に生意気なことを言われても姉として受け止め、耐えてくれていました。
今では苦しい学生生活の中で自分がしんどいのに、姉として私を支えようとしていた姉を尊敬しているし感謝の気持ちでいっぱいです。このレポートえを書きながら改めて姉の立派さに気付きました。私の姉は本当に立派な女性です。
妹は生まれつきアトピーで食べものに規制があり、時にはかわいそうになるくらい肌がただれることもありました。
そんな中私は心身共に健康だった。母は私の明るい笑顔があるから頑張れたし救われたと言ってくれます。そう私は両親に私のことで手をかけさせてはいけないと無意識に感じていた、同時にたくさんの愛情も注がれていた、だからどんな時も明るく元気で前向きな私ができたのだと思います。多少反抗はして困らせた時期もありましたが、誰にも心配かけるような素振りは見せてはいけないと思っていました。いつでも私は笑顔でいました。
心理学を学ぶことで家族での私の役割に気が付けた。
どうして私が「元気印」の性格になれたのか。この家族構成、環境やすべてのお陰様です。自分をつくってくれたルーツを知れた。お陰で、私をつくってくれたまわりの環境すべてに感謝しながら生きていけます。
私が私を好きでいられるのは私の周りの環境すべてのおかげであり、沢山の愛のお陰様であると気づけ本当に私は幸せだ!とこんなにも幸せを感じられる環境にあることに感謝しています。
私はダメな人間だとどうしようもなく落ち込むこともあったが今も昔も必至で生きている。特に心理学と出会えてからはその日その日を燃え尽きながら生きようと駆け抜けています。
そして、そうして生きている人がたくさんいることにも気付けた。頑張っている仲間がいるから、さらに頑張れる。
今の目標は私の周りの人を私の笑顔とエネルギーで笑顔にすることである。私がたくさんの人に愛されているようにたくさんの人をたくさんのことを愛していきたい。
………!!!!まさに今レポートを作成する中で人間の成長の7段階目<次の世代に与え育む時期(生殖性)>にきていることに気付きました。
これからどんな出会いがあり、どんな気付きがあり、それを私がどう生きるのかすごく楽しみです。このレポートを書くことで改めて気付くことがたくさんありすごく楽しいです。
自分に向き合う機会を頂いたメンタルヘルスにありがとうの気持ちです。
また昔の私は弱さやマイナスな感情をもつことは人生をダメにすると思っていましたが、落ち込んでもいいこと、弱さを見せて助けを求めていいことも教えてもらいました。なかなか実践するのは難しいけど、そのことを知れただけでも人生が重苦しいものでなくなりました。
これまでの文章を振り返ると私の人生ヘイヘイぼんぼんとしすぎているような印象を受けますが(まぁそうなんですが・・・)私にも挫折や苦しみは少しありました。
まず、大学受験失敗です。私は高校を卒業して一年浪人しました。浪人中、沢山の人に支えてもらい毎日勉強の日々を送っていましたが、しかし、希望した大学には入れませんでした。私は努力できない、頑張ってもできない、頭が悪い、周りの期待を裏切る奴とのレッテルを自分に貼りました。
でも大学生活4年間はあっという間に過ぎていき、たくさんの出会い、仲間、友人ができました。お蔭で受験を失敗した!何て思わなくなりました。
そして、大学を卒業し会社に入った。はじめての社会人です。仕事は美容商社の営業でした。この会社で2年勤めましたが、この二年は地獄でした。
私はそこでパワーハラスメント、セクシャルハラスメントを受けました。毎朝というほど怒鳴られ、1時間以上も罵倒を受けました。「人間やめろ」「生きている価値ない」「親の遺伝子に問題がある」「このままだと人生の先見えている」「死ね」…数々の言葉を全身で受け止めて、決して認めてもらえなかった。
また、後ろから抱きしめられながら、「お前のためを思っているんだ」、手を握られながら「こんなに思っているのに」と言われたりもしました。セクハラとパワハラの見本のような上司だった。この二年間の出来事は正直今でも思いだすと苦しい。
当時の私は社会に出たら苦しく辛いのがあたり前、出来ないから悪い、いつかは認めてもらえると信じ、私のためを思って言ってくれていると思い、私が弱いから苦しむのであって、強くなって仕事がもっともっとできるようになれば解決すると思っていた。心臓に毛が図太く生えることを願っていた。
しかし毎日のように言われると、私はそういう人間のなんだ、生きてる価値もなく、ただ迷惑をかけているだけだと思えてきた。
そのうち「自殺しよう」「首つろう」と、ふと気が抜けたときによく言っている自分がいました。
でも、どこかで自分の可能性や誇りを信じている自分や、自分を正当化したい気持ちもあった。
そんな毎日を送っているうちに感情の落としいれどころが恨みに変わっていきました。
そして、毎朝会社に行くときに「今日は目の前で切腹自殺しよう。目の前で死んでやって一生消えない心の傷をつけてやろう。」と考えるようになっていた。生きたくなかった。
本当に生きることが苦しかった。社会に出たらこんな苦しみを抱えながら、乗り越えて、耐えて生きていくのが普通だと思っていました。それが出来ない自分を情けなく小さく無意味に感じ、当時の私にとってはその会社がすべてだった。ここで成長できないと一生どこでも成長できない、ここで耐えなければ私に幸せはこない、逃げてはいけないと思い込み、とらわれていた。
でも本当に死ぬことはできなかった、しなかった。私は家族や友人の愛があったからだ。心にエネルギーがなくても家族、友人の前では自然とエネルギーが湧いてきた。家族の笑顔があったから、今生きている。家族や友人は命の恩人です。
社会人二年目の正月、私は実家に帰りました。そこで私の中で堪っていたものが爆発しました。母の前で気が緩んだのと、気丈な私でなければならないのにそんなエネルギーがない私。
今まで押さえてきたものが押さえられなくなりパニックを起こして、ただただ号泣しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」「わかっているから責めないでせめないで」と何度も繰りかえした。言葉と涙と感情が溢れ出てきて止まりませんでした。落ち着きを取り戻してから母に会社のことを打ち明けました。母は壊れかけている私にもう頑張らなくていいと言ってくれました。
私は会社を退社し、実家奄美大島で休養をとることにしました。大自然に囲まれて両親の愛に包まれてのんびり過ごしていました。しかし、どこかで死にたい…死ななきゃいけないと思い死に場所を探してした気がします。でも同時に生きるエネルギーも補充していた気がします。そんな私を父は、沢山の親戚にあわせた。みんな愛に溢れていて、名言を言って私を奮い立たせるわけでもなく、なだめるわけでもなく、ただ私を受け入れ愛してくれた。私の成長を涙ながらに喜び我が子のように見守ってくれました。
まさにI love you because you are you でした。
私は一人じゃないと実感しました。私の命は私一人の命ではなく、沢山の愛の上にありたくさんの命の上にあるのだと。大切にしなければならない命なのだと深く心に染みました。
そんななか従姉から「面白い心理カウンセラーを勉強するところがあるやけど」と紹介があり、面白そうだし軽い気持ちで勉強してみようと思ったのがきっかけでした。
心理学の勉強は私に勇気とエネルギーを与えてくれました。
衛藤先生の「そんなことで人は傷つく…そんなことで」の言葉は私を救った。
私は「そんなことで」駄目になった自分を許せなかったが、そんな自分もあっていいし、「そんなこと」に苦しんできたのは私だけじゃないということに気づけたとき何かから開放された気がしました。
私は弱いし、できないダメな人間なのだとレッテルを自分に貼っている自分が嫌だったけど、そんな自分もあっていいし、そんなことにつまずいてもよかったのだと教えてもらいました。
ただただ衛藤先生の話を聞いているだけなのに心が楽になりました。わかってもらえた気がした。苦しくて辛くてよかったのだ、あの時のあの感情、絶望感はあるべくしてあったものだと気付けたことは私を救った。そんなこともできなかった私を許し、そのまま愛する、受け入れることができました。
そして、未来心理学の授業は衝撃的だった。世界が開いた。
今までなんとなく感じていた目に見えない力に触れた気がしました。昔から私は奄美大島の島の一部だと思っていました。だから田舎に帰るたびに「還る」ことで癒されていました。未来心理学の授業は島だけでなく地球の一部だったのだと気付かせてくれて、そのとき今まで感じたことのないくらい大きな生命体の存在を感じました。その日、私は大阪南の町を今までとは全く違う感覚で歩いき、すれ違う人、周りのものすべてが愛おしく思えました。一つの生命体の細胞の一個である。みんな仲間なんだ、地球が人の体だとすると人はヘモグロビン…、珊瑚硝と生命体のつながり…など、いろんな妄想で胸を膨らませました。
とても大きなエネルギーを感じ、嬉しくてしかたなかった。たまらなくワクワクした。大げさかもしれないがほんとうに世界が開いた気がしたんです。
最後に丸山先生、私も私の人生のオールを私がしっかりこいで生きます。ありがとうございました。これからもドンドン学んでいきます。
メンタルヘルスでは本当にたくさんの出会いや気付き衝撃があった。毎日がどんなに幸せか、たくさんの愛に包まれて生きていること、私は私のままでいいことを本当に教えてくれた。「す~」と心の中に入ってきた。うまくは言えないがこれはすごいと思う。生きるエネルギーをもらえたし、自らの内側から溢れだすエネルギーの存在にも気付かせてくれて、燃えながら生きることを教えてくれました。
たくさんの気付きをありがとうございます。

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