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大阪校基礎コース修了 佐々木勝彦さん | 日本メンタルヘルス協会

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受講生の感想レポート

大阪校基礎コース修了 佐々木勝彦さん 44歳

家族に連鎖した苦しみを開放し、自由なコミュニケーションへ
基礎コース後編第1講座のタイトルに「大切な人とわかりあえる解決法」とあります。
互いの価値観の対立を超えていくコミュニケージョン方法を学ぶこの講座ですが、私にとっての「大切な人」のひとりである高校一年生の長男とのコミュニケーションに起こったブレークスルー(コミュニケーションの障害をどう乗り越えたか)について書かせて頂きたいと思います。
話しはさかのぼりますが、私自身が受けた幼少期の心の傷として、両親からの批判的な言葉に苦しんできた幼い自分がいます。
両親からはいつも、何をやっても人並みに満足にすることができないと評価されていて、何か失敗するたびに笑われ「ドジ、グズ、のろま、気が小さい、泣き虫」と言われ続けて育ちました。
今にして思えば、幼い小さい私はありのままの自分を両親に受け入れられたかったのだろうと思います。
失敗しても「大丈夫だよ」と言ってほしかったに違いありません。
私の口癖は「大丈夫」ということばだと他人によくいわれますが、自分では気づいていません。
本当は両親から言われたかった言葉を聞けなかったために、どこか不安な自分に向って言っていたのかもしれないなと思っています。
さらに、幼少期で思いだすことは、もし何か自分にもできることがあったとしても、両親が見ている前では彼らの「できない」という期待?に添わなければならないと思い込んでいて、わざと失敗して見せていたことです。
しかし、その時感じていた云いようもない砂をかむような悔しさと怒りは今も覚えています。
基礎コース前編第1講座「聴き方 秘密のテクニック」では「人には失敗する権利がある」という言葉を聞きました。
いつかどこかで聞いて知っていたかのような懐かしさや安心感と共に、その通りなんだぞという強い肯定感がないままになって心の奥底にあることに気づきました。
しかし同時に、家内や子供たちに対しては申し訳ない後悔の思いでいっぱいになっていました。
私が15歳の頃には、父に女性ができて両親が不仲になりました。
模範的で幸せな家族というそれまでの仮面をもぎ取られた両親は、世間に対してよりも子供である私と妹に負い目を抱えてしまったようでした。
この頃から両親と私の立場は逆転してしまったように思います。
つまり、両親が負い目を感じていることを利用して、今度は私が彼らをさげすみ笑う側になったのです。
それからは、両親を敬うという意味すら考えずに生きていました。
家を出た父のことは忘れようとしていましたし、父のことを知らない他人に対して平気で「私の父は死んだ」と話していました。
こんな私が家庭をもって17年が過ぎ、忍耐強い家内のひたむきな愛情に随分と助けられて、どうにか世間並みの家庭を築いてきたつもりでした。
実際に私たちの家族を見てお褒めくださる方もいらっしゃったのですが、家庭の中では自分でも気付かないままに家族に対して独占的に接し、支配的になっていきました。
自分の信じる価値観が家族を幸せにすると信じていた私は、家族を思う想いだけで、彼らにも同じ価値観を共有してほしくて、「人はこうあるべきだ」、「生きるとはかくあるべきだ」との押し付けに陥っていました。
基礎コース前編第2講座「落ち込みグセから脱出するテクニック」では、自分が受け取ってしまっている非論理的な思い込みに基づくビリーフ<物事の受け止め方>とイラショナルビリーフ<自分自身の思い込みによって形成された物事の受け止め方>について特に考えさせられました。
「失敗してはいけない」「人に認められなければならない」「でもどうせまた失敗するに違いない」などすぐにいくつも思い当りました。
どれも幼少期に形成されたビリーフでしょう。
これらの握りしめてきたイラショナルビリーフは今度、私の家族や子供たちに向って新たなビリーフを形成していったようです。
「家族をきちんと治めなければみな幸せになれない」「この子はもっと教えなければ私の言うことがわからない」「この子はこのままでは成人してから世間で相手にされなくなるに違いない」・・・。
高校に入学してからの長男は部活の先生から人格を否定するような言葉を繰り返され、部員やクラスメートの一部からも無視されるようになっていきました。
長男は彼らに対してひと言も言い返せないどころか相手をそのような態度にさせる自分が悪いと思い込んでいました。
相手を怒らせまいと益々自分の言葉や態度に神経質になって自分の殻に閉じこもっていくようになり、やがてうつ状態に陥りました。
長男がここまでの痛みを経験してもまだ自分の思い込みに気づかない私に向かって、家内は「正しいことを言うだけでは人は変われないんよ」と叫びました。
後で家内が話してくれましたがこの言葉は積年の想いだったそうです。
実は私が思い込みから解放されることはもうあきらめていたそうです。
失敗してもありのまま受け入れてほしいと心の中で懇願していた子供は、成人して家庭をもち、今度は熱心に同じことをわが子にしてしまっていたのです。
イラショナルビリーフとはこんなにも残酷なものなんですね。
家族にとってはたまったものではありません。
彼らにとって私はいつも家庭の中でやさしいくほほ笑む虐待者でした。
長男を傷つけているのは実は他人ではなく、私がイラショナルビリーフによって接してきたその結果、彼の内に形作られてしまったイラショナルビリーフだったことがやっとわかりました。
2日間だけ落ち込みました。
正直つらかったです。
でも、こんな親でも自己憐憫を乗り越えるだけのわが子への愛情がもたげてくるものです。
私はこう受け止め直すことができました。
ラショナルビリーフ<事実に基づく受け止め方>です。
「私はわからなかったから思い込んでいただけだ。
わかったのなら落ち込んでないで、自分を変えればいいんだ。」
そうとわかれば先ずすべきことは家族への謝罪でした。
家族を呼び集め、私は生涯で初めて自分の家族に涙を流して心から謝罪しました。
「間違っていた」「許してほしい」「傷つけてばかりですまなかった」「これから変われるように助けになってほしい」
皆が泣いていましたが、不思議にどこか明るく解放されたような自由な空気感が漂っていました。
この時の長男の安らいだ明るい表情とその眼に戻ったのは今でも忘れられません。
もしまた以前のように、私が決めつけてものを言い、支配的な態度に陥ってしまった時には、遠慮なく指摘してほしいと長男に頼んでみたところ、彼は嬉しそうに笑いながら快諾してくれました。
その後の長男とのコミュニケーションははっきりと変わりました。
話しをする時間と回数が格段に増えました。
会話の内容もうまくいっていないことや不満や迷いなど、きれいごとではない人としての真実な心の部分を、少しずつですがそれでも安心して話してくれるようになりました。
以前の私は彼のできない部分がとても目障りで気になっていたのですが、それからはなんとも思わなくなり、自然な雰囲気で話せるようになりました。
また以前は何度言って聞かせても変わらなかった生活のある部分が、それも彼の一部分だと受け入れることができた頃から、徐々に変化してきていることに気づきました。
後に長男が話してくれました。
彼にとってのそれまでの私は、完全で絶対に正しい父だったそうです。
父のように感じ、父のように判断し、父のように行動し、父のように人から評価されるようにならなきゃいけないと思い込んでいたそうです。
以前はそう言われると嬉しい気もしていましたが、今はそんな父親は災いだとしか思えません。
最近、私の弱さや欠点を明るい表情で指摘してくれるようになってきた長男を、以前とは全く違った心もちで誇らしく愛おしく思っています。
こんな思いは彼がまだ乳児だったときに感じて以来のことです。
家族の幸せを願って一生懸命になり、彼らを変えよう、成長させよう、守ろうと私が努力することが、かえって家族の自由を奪い子供たちの成長を妨げていたのです。
そこにあるイラショナルビリーフに気づき、ラショナルビリーフを選び取ったことで解放されました。
その後に起こったことは、私に対する軽蔑や不信ではなく、自由なコミュニケーションでした。
そういえば最近の私は「大丈夫」という言葉を言わなくなったように思います。
もうありのままの自分に向って言う必要はないからかも知れません。

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