Go for broke!
2019/04/21
「石橋を叩いて渡る」という故事があります。
頑丈に見える石橋でも、用心の上にも用心深く物事を慎重に行うことのたとえです。
でも、慎重になり過ぎて渡らない人がいます。そうです、石橋を叩いて、叩いて、ひたすら叩いて石橋を叩き壊しておいて「やっぱりなぁ…」と、チャンスを自分から壊して渡らない人です。
逆に「当たって砕けろ」という言葉があります。
駄目で元々という心意気でやってみれば、案外うまくいくことがあるかもしれないという故事です。
前者は「思考優先タイプ」で、後者は「行動優先タイプ」です。
「思考優先タイプ」は、思考の中での実験で「ああでもない、こうでもない」と考えてアクセルと、ブレーキを同時に踏んでいるだけで、エンジンは空回りして脳も心も疲れはててしまいます。
「行動優先タイプ」は、行動して、うまくいかなくても「少なくても、今のやり方ではうまくいかない」と経験則だけは身につきます。それだけでも前に一歩進んでいます。
アメリカで、ゴジラと言われた、松井秀喜は巨人に入った時は、ゴジラどころか、見逃しと凡打を量産していました。
ある時、コーチに「松井!バットは振らなきゃ当たらない!」と激が飛び「そりゃそうだ」と思った松井は「人の評価など、どうでもイイ」と考え直し、バットをおもいっきり振ってみると面白いほどホームランを量産しはじめ、メジャーリーガーでも活躍し、名実ともに怪物ゴジラのような活躍をすることとなりました。
恋愛でも、傷つきたくない若者が多いです。でも、そんな傷など、どこにもないし残りません。残る、残ると思うことが「今も」「これからの未来も」傷つけるのです。
禅の話しに、達磨(ダルマ)という、とっても偉い禅の師匠に、慧可(エカ)という弟子がいました。彼は師のところに行って「師よ、いまだに私の心から迷いが(煩悩の火が)消せません。どうかお願いです。師よ、心の迷いを取って下さい!」苦しむ弟子をあわれむように、ダルマは言いました。「弟子よ、その心の中に燃えつづける煩悩の火を取り出してごらん。そうしたら、その火を消してあげよう。お前が消さなきゃ、消さなきゃ、と思えば思うほど、お前の迷いの炎は、さらに猛火となる。そんなものがあっても、なくてもよいと思えば、炎は静けさの中で消えてしまうよ」そう言ってダルマは口をすぼめて「フウー」と風を送りました。すると、弟子のエカは「消えました!」と言って笑いました。そして、エカは「こだわらない悟り」を得たのです。
僕もアメリカで、電車の車両の中を「次のニュースを読みます。五番街で覆面の二人組みが、宝石店を襲撃しました!」そして「次のニュースを読みます!フロリダの浅瀬で、サメに犬が嚙みつきました!スゴいですね!」次のニュースを読みます…どんどん、読みながら次の車両へと移って行くのです。これを心理療法で「羞恥心粉砕法」と呼びます。
すべて読み終わって車両を出たら、仲間が寄って来て「どんな感じだった?」「スゴく恥ずかしかった」と僕。
車両の中の、みんながノブの顔をポカンとして見ていたり、彼は「クレイジーだ!」と頭をふる人、「why?」ってゼスチャーをする人もいっぱいいたよ。
教授が続けて言った「そうだ、君はこの車両の中で一時的に、一番の有名人になった。皆がお前にくぎ付けだった。でもね『君がクレイジー』というような評価は、一時的な評価であって、永遠にはついてまわらないんだよ。見てごらんノブ、皆が駅から街に消えて行く、そして、1ヶ月後に君に街の中で会っても、誰も君を覚えていないのさ。残念だねノブ。一瞬の有名人で終わってしまったんだよ」と教授は首をすぼめた。もちろん、僕もそう願いました。
人生一回です。二度も、三度もあれば、指をくわえて遠くから「ああでもない」「こうでもない」「傷つくのが怖い」「傷ついたらどうしよう」と、見ているだけの人生も、問題はないと思うけど、でも、どうせ一回の人生です。人に迷惑をかけないことを条件に「当たって砕けろ」の人生です。特攻の精神で砕けてみたらどうですか、そう、バットは振らなきゃ当たらない。伝えれば一歩、伝えなければ「永遠の0」です(そんな映画じゃなかったっけ⁉️)