自分らしさって?
2019/04/21
女性のタクシー運転手も増えてきました。
先日乗ったタクシーの運転手は女性で65歳の人でした。女手一人で息子さんを育てあげたそうです。その愛する子どもも結婚し、幸せになってくれたから、今が一番幸せだと彼女は言った。タクシーに乗って8年目、その前は洋装店をやっていたが低価格の量販店の進出で、年々売り上げが下がり、泣く泣くお店を閉めてしまったそうだ。
一度、やり出したお店を閉めるのは勇気と決断が必要です。店を辞めようと決心しても「ここがあるから洋服に悩まない」と、一人でもお客様に言ってもらうと決心がゆらいだと言います。
僕の父も長年やってきた仕事を閉じた時は苦しかったと思う。でも、従業員に給料を払い、重機のリースを払い続け、仕事がなければその重機は休ませねばならないし、ただ仕事がなくても従業員には給料を支払わなければならない。そんな彼に「父さん、借金してまでも、会社をやり続けるより、もう、ゆっくりしたらどうだろうか…」と僕が父の闘いにタオルを投げてしまった。その仕事が父の生きがいで、彼のすべてだと重々知っていた僕だったのに…
経営者は上潮の時はいいのです。でも、引きぎわの瞬間は何よりも苦しい。僕も経営者の端くれとして、今なら痛いほどにわかる3年前の父の気持ちが…
ただ僕の記憶の中には、彼の経営者としての闘いの日々も喜びも残っている。決して家庭人ではなかったけど、仕事には惚れていたことを…
話は外れましたが、前述の女性ドライバーは、とっても穏やかなハンドルさばきだったので「とっても走りがスムーズですね。運転歴は長いのですか?」から始まった会話でした。
店をしていた若い頃と、手放さなければならない時代の淋しさが、車窓から流れる街の景色に重なって、栄枯盛衰の儚さを感じていた…
「その後『喫茶店でもしようか』とも考えたのだけど、また従業員やら支払いやらと考えるとね…。でも、給料暮らしはいいわよ。ただ、一所懸命にやればいいんだから」と彼女の話はつづいた。
「じゃぁ、今は充実しているわけですね」と僕。
「そう、一番充実していますとも。何よりも何時間でも安心して眠れる。私くらいになると、友人たちは寝ても『3時間ごとに目が覚めるよ』と言うのよ。でもね私は15時間でも眠れるのよ。休みの日には『もう夕方じゃない』って時もあって自分でもビックリするんですから」
「へーそれは若いですね!僕でも15時間は眠れないなぁ」と会話が今の現実の世界へ引き戻してくれた。
悩める人を面談していて感じることがあります。
人は本当に身体が疲れているとよく眠れます。彼女が言うように15時間でも眠れてしまうものです。でも、心が疲れていると眠っても浅い眠りになってしまう。この女性ドライバーは一生懸命に、今を充実して生きている。だから、身体は疲れていても心までは疲れてはいません。
彼女が経営者だった頃には、支払いの期日と戦っていたのでしよう。未来の不安に一生懸命にあせって、戦っていたのだと思います。
そして、こういう時ほど悩むタイプの人は「明日のために眠らねばならない」とあせりだしてしまう。早く寝て明日の仕事にそなえなければと、さらにあせりだすのです。
もっと睡眠を充実させて受験勉強にそなえなければとか、仕事をこなしてローンを早く払わなければとか、早くあの人に報告書を提出しなければならないと…焦ってしまう。悩むタイプの人は、仕事をやった後に疲れたのではなく、行動をする前に、考えることに疲れきってしまうのです。仕事をやって疲れた人や、運転をして疲れた人は、眠ることに努力はいらないのです。
だから、悩むタイプの人は、現実の仕事は一つも進みません。そして、また仕事が進まないことで「このままではいけない」と、またアセる。
これらの人々は、きっと「もっと早く」「もっとシッカリ」と言う、過去の人たちから、心の中では、いまだに叱られ続けているのかもしれません。その結果、他人からすれば何でもない職場環境に対しても、その人にとって恐ろしい場所になってしまう。その人が考えている以上に周囲の人々は好意的なのに…
こんな時は疲れているのだから、仕事をやらないでいいし、ムリに眠らなくてもいいのです。しっかり周囲に相談して休めばいいのです。それを許してくれない会社ならトットと辞めればいいのです。その会社は、自分自身には合わなかったのです。受験に落ちるなら、そこは行く必要がなかったのです。家のローンが払えないなら、早く持ち過ぎたか、借家の中にこそ自分らしい幸せがあるのかもしれません。競争に負けたなら、負けた美学を学び講師になればいいのです。どれをとっても死ぬようなことは起こらないのです。すべてに悩み続けていた後に「もう後は、死ぬしかない」と、なれば本末転倒です。まったくアホな話しです。
人生これが成功とか、これが失敗とか、自分で勝手に現実を体験しないで決めつけているのです。いや、誰かに間違った幻想を押しつけられていたのです。僕たちは他人の奴隷ではなく、自分が主人公なのです。自分らしく堂々として生きればいいのです。
そんなことを考え(セルフ・カウンセリング)ているとタクシーは目的地に到着しました。「ありがとう!今を楽しんでいる運転手さん。ステキな時間でした!」
久しぶりに大分に帰ってみようかなぁ。父に、今の自分を味わってほしいと思うから…息子ではなく心理カウンセラーとして。