生きづらい君へ
2019/04/21
君は何のために生きているのか、わからないと言う。
「もちろん、私にもわかっています。生きたくても生きられない子どももいて、死を逃れて一生懸命に生きるために国をわたる人びともいることも」だから、その人に私の生きる権利を譲りたいと…
甘えていると思う。こんなじゃダメだと思う。
みんなと違うことは生きづらい国…日本。
不登校の男の子が「みんなと違う電車に乗り込んでしまったようです」と僕に話してくれたことがあった。電車は走り出しているのに、自分だけが違う電車に乗ってしまったと気づいているのに、どうしようもなくただ「部屋と言う電車」に独り乗り続けていた彼…
先ほど生きづらいと言った彼女の母親は「あなたも子どもができて、人を育て始めたら命の価値がわかる」と彼女をさとした。それも立派な答えだと思う。
それに対して「私は、こんなに生きづらいのに、その世界に子どもを産んで、その子は生まれたくなかったかもしれないでしょ。私も自分から望んで生まれて来たんじゃない。だったら、その子も「生まれたくはなかった」と思うかもしれない。そんな自分勝手な残酷なことは私にはできない」と彼女が語った…
僕は言葉が出なかった…いや、それは彼女の生きづらさを「まったく分からない」と、反対側から言い切ることが出来ない自分も、僕の根底にはあるからなのだと思う。
大人は、誰しもこの「生きづらさ」を麻痺させながら生きている。ほんの少しの日常の幸せを幸福なのだと麻痺させることが大人の処世術でもあるし、それを大上段から彼女に「こう考えないさい」と伝えることもまた、大人の処世術でもあるのだと分かっているから、僕の心は沈黙に入った。
人は母の胎から分離した瞬間から「皮膚にかこまれた自己」を自分と認識することから自己認識がはじまる。社会も自分を意識することを求める。やがて自分以外は、他人なのだと孤独が生まれる。
この自分自身という者はかなりやっかいな者で。いつも、変わらずに呼吸し続け、食物を摂取し、それをエネルギーにし、自分の細胞に取り込み続けなければ「今日」という日すら、自分自身としての「個」は生きられないのです。
母の胎内にいた時は、呼吸も、栄養も、すべては母まかせだったのですから。その楽園からの追放が「誕生」なのです。エデンの園を追い出される恐怖のモチーフは、そこに元型があります。
この根源的な「生きづらさ」を、意識に昇らせれば彼女の「生きづらさ」も僕にも分からないわけではない。
足が千本のムカデがある時に考えた「どうして自分は、このたくさんある足たちをからませないで歩く事が出来るのだろう」と、そして一本、一本、意識して考えながら歩こうと思った、すると余計に歩き方がぎこちなくなって、からまって歩けなくなり、太陽の熱で干からびて死んでしまった。という話を師から聴いたことがある。
だから、大人はそれを意識に昇らせないで、それを麻痺させて生きている。
「個」として、生きるということは根源的な孤独はぬぐい去れない。ゆえに人は絶対的な一体感を希求します。それを家族や、恋人に求めてしまう。
でも身体はどこまでいっても別々だから、この一体感を完全に求めることは不可能なのです。でも、それに近い瞬間を味わいながら人は生きています。
だから、自然と一体になった瞬間や、ケンカして恋人が仲直りした瞬間、先生と生徒の心が分かり合えた瞬間、母と娘が理解し合えた瞬間、父と息子の誤解が解けた瞬間、友情が再確認できた瞬間に、講演していてたくさんの会場の聴衆と「一つだなぁ」と思った瞬間、人は完全ではないが、人と人との一体感を感じます。
それを人は「幸せ」と名づけた。
僕もカウンセリングの現場で、その生きづらい彼女とチューニングを求めていた。少しでも一体感を感じようとして、そこにはどんな処世術も、説得も無意味なような気がしたから。そんな思いが一瞬の沈黙となって二人の間を流れた。
それともトランスパーソナル心理学をベースにした、未来心理学の講座を担当した、次の日であったからなのかもしれない。一体感を求める人びとの根源を知ろうとする授業に影響されたのかもしれません。
やがて、僕は「この世界で、その答えを求めて生きているのかもしれない…」と彼女に語った。
君のように「分からないから、不安だから、生きるのを辞めたい」ではなく、「分からないから、答えを探したいから生きている」と。
君のまわりの大人たちが君に何を言っても、誰にも「真なる答え」は分からないのかもしれない。なぜなら、今の時点で、それぞれが持っているそれぞれの答えだからね。
「君がそれをピンとこないなら、君だけの答えを見つけるしかないのだと思う…」と。
僕も一生かけても「真なる答え」は見いだせないのかも知れない。最後に分かった気持ちで、あの世に行っても「それはノブユキ、違う!」と神様がいるなら否定されるかもしれない。でもね、たとえ答えが見いだせなくても、それでも死のふちギリギリまで生きて、自分なりの答えを探したいんだ。僕だけの答えを…
ギリシャ悲劇のように、運命に逆らっても生きようとする主人公のように。
戦時中に「この戦いは無意味なのかもしれません」と言った戦艦大和乗組員に対して「いいか無意味なら、未来を生きる人々に『いかに無意味な戦いであったか』を教えることくらいは、俺たちの命にもできるはず。そのための出艦だ!」と言った、心は反戦者の上官のように。
今は生きる意味が分からないから、生きる意味があるような気がする。僕はそう思っていると締めくくった。
そこに生きづらさを抱える彼女の涙だけが残った…
「その涙も、生きる意味なんだよ」と僕は心で感じながら…