朝起きてワクワクする仕事を君はしているか?

      2019/04/21

 就職のフォーラムでの講演会で「仕事をすることで大切なことは?」と質問されました。

 

 就職する時に一番大切なことは、定年をむかえた時に「もう一度この会社に就職したいですか?」と聞かかれて「はい!」と言えることだと思います。

 もちろん、何もプレッシャーもない、楽しいだけの職場はないかもしれません。

でも、ふり返った時に「自分があの時に自分は燃えて、イキイキと成長していた」と思えた時間は、よい職場生活だったと言えるのではないでしょうか?

 

 ある大学の調査によると「学生に戻ったとしても、現在の会社を選びますか?」という質問に「別のところに就職したい」と、大卒の会社員の7割が答えたそうです。

 

 有名企業の課長職100人に調査したところ4割以上が転職希望だったという驚く結果も出ています。

 

その結果からではないですが、電車に乗っていても、瞳のキラメキを失い、うつろに電車にゆられている中高年が、日本には多いと思うのは僕だけの印象でしょうかいや、中高年だけではなく、若い人にもそれは広がっています。

 

 僕の友人のなかで、楽しんで仕事をこなし、人生をイキイキしている人たちの共通点は経済の裕福には関係なく「今の仕事で自分は成長している!」と実感している人たちです。

 

 ある大学の就職担当教授が言っていました。

 ある中小企業に就職を決めた学生がいました。そして、その経営者には将来のビジョンがあり、子どもがいないので、将来は自分の後継者まで考えているとも言ってくれたそうです。担当教授も、堅実な経営手腕と、社長の実直な性格もあって、その学生にも勧めたそうです。学生自身も、その経営者にひかれ相思相愛で「ここに勤めたい!」と強く思ったそうです。ところが、内定が確定した時点で、その学生の母親が文句を言い出しました。

 「そんな聞いたこともない、会社に就職するなんてありえない。こんなところに就職したら恥ずかしくて、親戚にも、誰にも言えない」と猛反対💢しました。「どうしても息子を就職させない」と強く言ったのです。困った教授は、学生自身から本音を聴こうと思って「君の本音はどうなんだ?」と確認してみると「最初は就職したいと思っていたけど、母親がしつこく辞めてくれと言うので、僕も辞めたい」と言い出しました。あわてて担当教授は、わざわざ会社まで朝一番に行って、しぶる人事部長に、頭を下げて内定の誓約書を返してもらったそうです。経営者も「その気になっていたのに」と残念そうに肩を落としました。

 

 心理カウンセラーとして、この学生は、親の望んだまま大企業に就職し、未来に役職がついたとしても、退職する時期に「今の会社に入ってよかったと思えるのだろうか」と疑問に思ってしまいました。この学生は「親に認めてもらう人生」を生きているようで

 

 就職でも結婚でも「誰かに認められたくて」また「自分にとって重要な人間から否定されることの恐怖から」人生の方向性を決める人に「充実した人生だった」と言える人は少ないように思えるのです。世間体のために有名企業に就職したり、結婚相手を決める人も破たんするケースが多いからです。

 

 誰かに笑われるのが怖い、よい印象を誰かに持ってもらえるために就職を考えると、他人の評価の奴隷となり、周囲からの承認、上司の顔いろに左右され、次には出世がすべてになり、一生という長い時間を、競争と緊張と無味乾燥の日々に苦しむことになりかねません。

 

 また、就職担当教授が就職の相談に乗っていて無念に感じることは、本人がきちんと納得して決めたのに、親が世間体を気にして反対し、学生自身が苦しむ姿を見ている時だそうです。

 

 でも、僕は親に反対され、悩む学生は健全な成長をしていると感じています。

なぜなら親と自分との価値観の違いに気づいているからこそ、その学生は苦しんでいるのです。それは自分自身の心にある、本当の自分の姿に気づきつつあるからです。

 

 僕が気になる学生は、親と衝突することもなく、親の願いを叶えることが、自分自身の願いだと固く信じてしまっているタイプです。そういう学生は、幼い時に、周囲から十分な注目が集められず、ありのままの心を理解されなかったために、永遠に一体感願望を求めようと努力する人生になります。愛してくれなかった、親からの承認を、大人になってから周囲に求めようとします。世間がうらやむ結婚であったり、就職であったり、有名私立にムリにでも行かせようとする子育てであったりと

 

 「子どもの時の未完成の輪」を別の形で完成させようと、一度しかない人生をも、ささげてしまうのです。

 

 だから、根本的に自分に自信がないので会社に就職してからも少しの失敗や、お客さまとのトラブルに過剰に落ち込んでしまいます。叱咤激励を成長のエネルギーに変えるどころか、幼い時に感じた叱責や責任を過剰に受け取り、自宅に帰ってくつろぐ時にも、お風呂に入っている時も、波状攻撃のように思い出し、心が打ちひしがれていく切り替えられないのは幼児期の心理の再現なのです。

 

 周囲が「そんなこと誰でもあるよ。気にしなくてもいいじゃない」と言っても、この世界には叱責をリフレインしながら、恐ろしいほどに自分自身で落ち込んでいく人がいます。

 

 こういう人は、失敗やストレスを乗り越えて成長しようとすることを避けてしまう傾向にあります。ですから、いざとなると幼い子どもに戻り、親の保護を求めてしまう。そうなると心理的にも経済的にも、親に頼ることになり、そこで心理的にさらに親に取り込まれ、親のすすめる職業や結婚を選択してしまいます。それにもやがて挫折すると救出ゲームの親が、優しい顔で「あなたは私が決めないとね」と、さらに親の望む人生を生きてしまうという悪循環に入ってしまう。

 

 やがて誰かに認められるだけに生きた人生は、10年後、20年後に仕事や結婚に虚しさや空虚感を感じ「もう一度、今の人生を生きたいですか?」と尋ねられると「絶対にイヤ!」と答えるようになるのではないでしょうか。

 

 将来の生活の安定のために、学生たちが大企業に就職したいと思うことは理解できるのです。もちろん、最低レベルの経済は必要です。ただ、人生の安定性には、経済の充足と、心の充足とがあります。生活は安定していても、自分に向上心を感じることができず、時間の切り売りのように職場に行き、空虚なルーチンワークの中に、ただひたすらに呼吸しているだけの日々を過ごしている人もいます。

 

 先のことは分からないけど、確実に「自分が成長しているんだ」とおもえる仕事に生命も心も燃やしている人のほうが人生を充実させているのです。

 

 21歳から84歳まで特許を1300件取ったエジソンは「仕事は癒しです」と言いました。彼は不眠隊と言われるほど、研究に没頭し、不眠不休で研究に邁進しました。でも彼が過労性の心身症に苦しむことはありませんでした。

 

 有名企業のエリート社員が心身疾患で職場を離脱するのは、自分のしたいことよりも、世間の評価を気にして、自分のやりたくない仕事に就職したとしたら身体は反乱を起こすこともありえるのです。

 

 カウンセリングをしていて、身体的な不調にみまわれた時にこそ、心のゆがみを学べるのです。企業トップ10に就職したのは「その仕事をやりたくて」ではなくて、自分の自信のなさを補って、自分の素晴らしさを社会に「印象づけねばならない」の不安感が真の動機だったのかもしれません。

 

 ある学生が数々のアルバイトをしているうちに、社内でデスクワークしているよりも、自分は汗かき、人とふれあい外で動きまわっているほうが好きだと気づき、一流大学からあるスーパーに就職した人がいます。大学の教授も、親も驚きましたが「子どもが行きたいのなら」と、両親はその息子を送り出しました。でも、その彼は九州で店舗を拡大している大手スーパーのエリア統括部長になり、日々の活動から気づいたアイディアを仕事に生かし、さらにスーパーの出店数を着実に増やしています。彼は「役職は関係ないのです。成長している周囲や自分が確認できて楽しい」と笑っていました。

 

 このような人は「もう一度この仕事に就きたいですか?」と言われたら出世に関わらず「はい!」と元気に答えるのでしょう。

 

 今、就職を考えている人は、目指すべき仕事は「それがしたい」からなのか「よく見られたい」からなのか、自分の心にシッカリと聴いてみるのもいいのではないでしょうか。

 

”少年よ大志を抱け”  クラーク博士

 

 

 

 - ブログ

>