事件の背景にあるもの・・・

      2019/06/10

  悲しい事件が頻発しています。

  凶悪な悲しい事件に対して「通学、通園をどうするか?」「街中に防犯カメラか?」「警察や親の見守りの強化か?」「 通学バスは、なんのためだったのか…」頭の良い大人達は眉間にシワをよせて悩んでいます。対処療法的に「環境をどうするか?」も大切ですが、僕は「予防の1オンスは、治療の1ポンドに勝る」と思っています。大切なのは「予防」なのです。その予防は「教育」なのです。「自殺」も「いじめ」も「凶悪犯罪」も「無関心な社会」も、身勝手な犯人を作らない社会作りも、大切なのは自分をコントロールできる《教育》なのです。

  自分で自己コントロールが出来ない子供や、大人たちが増えてもいます。

  なぜならば、今は「こうしなさい」「これはしてはいけません!」のように親が、いつも「外側」から正しさ(善悪)を押し付ける教育だからです。
 

  子供は叱られたから、注意されたから「やる」か「やらない」かだけで、自分で考えて決めるわけではありません。そのため、自分の内側で考える能力が弱体化しています。
  薬物に手を染めた有名人が、警察の取調べに対して「捕まって良かったです…」まるでハンを押したように、同じ事を語ります。

  人はそれはやって良いことか、悪いことかの自己規律(良心)は、誰かに言われたからそうするのではなく、自分の中に持つ必要があります。外からの圧力ではなく、内側の力が必要なのです。

  叱られないと動けない子供、注意されないと行動を変えられない部下にも同じことが言えるのです。共通するのは自分では何も考えられない。

  人間の脳を教育する場所は三つあります。

  一つは「罰せられるから止める」「罰せられないから続ける」というように、罰と賞、アメとムチを使った、人間と動物に共通する古い脳のトレーニングです。

  もう一つは、それとは対局にある、新しい大脳新皮質の機能である「自分の行動を良心と照らし合わせて、自分で踏み止まる力」です。それは、たとえ人が見ていなくても、誰かに叱られなくても、自分の衝動をコントロールできる前頭葉連合野にある高等な人間の脳です。これが『良心』と言われる部分です。

  さらに一つは、学校で情報を蓄える場所で(側頭葉、海馬(かいば))大脳新皮質のある後方側面の後頭葉です。この場所の教育は、日本はとても恵まれています。なぜなら、一律に誰もが教育を受けられます。ですから江戸時代のように一部の人しか私塾に行けず、長崎の出島に蘭学書を求めた「知識に飢えていた時代」と比べものにならない現代は「知識に恵まれた時代」にあります。

  今、この情報の蓄えは、本やネットを通して簡単に手に入る時代です。ですから情報に満ちた時代は、子供達が情報の波にのまれて、「学校は嫌だ!」と答えるのです。
 

  実は、同じ大脳新皮質の前のほうにある前頭葉で「こうしたい」「ああなりたい」と願って、それに必要な情報を得たいと思うから、本来勉強は楽しいのです。「いつか役立つから、何も考えないで憶えなさい」は、人間は本来、苦手なのです。だから、「前頭葉」が伸びれば、必ず、知りたい、憶えたいという「後頭葉」の、やる気スイッチがONになるのです。

  アメリカのスタンフォード大学での実験で、186人の4歳の子供を一人一人部屋に呼んで、マシュマロが一つ置いてある皿を見せて「先生は用事で15分くらい、この部屋に戻って来られないけど、ここに置いているマシュマロを食べないで我慢できたら、多めにもう一つあげるね」子供達は、カメラで部屋が監視されていることも知らず、匂いを嗅ぐ子供、マシュマロを突く子、食べたくならないようにマシュマロを見ない子、手のひらに持つけど手の中に包んで見えなくする子…結果は、3分の2の子は我慢出来なくて食べました。でも、3分の1の子は我慢して一つ多くマシュマロを手にできました。

  実は、この未来の幸せを考えて自分を制御できる能力が「前頭葉」の能力なのです。

  その後、追跡調査を18年後にしました。22歳に成長したメンバーの中で、成績優秀者は食べないで我慢したグループのメンバーでした。さらに、23年後45歳になった彼らにも追跡調査が行われました。この結果も社会経済的地位(SES)のスコアが高かったグループもマシュマロを食べないで、自分を制御できたグループでした。

  ただ、この自分を抑制できる能力は大人になっても伸ばすことができるのです。

  ここに未来の教育のヒントがあり、情報教育に偏りがちな現代教育にメスを入れることが急務なのです。

  日本で多く採用されている教育は、ペットと同じように「良い」「悪い」とすぐに、外から親や先生が子供に答えを与えて、自分自身で考えさせる「間」を奪ってしまっています。この間が「前頭葉」の自分で考える能力です。

  子供の相談でも、親は直ぐに「普通はこうでしょう」「こうしてみたら!」「あなたの考えは後ろ向き!」「それはダメよ!」と即座に「親の解答」を与えてしまいがちです。だから、そんな親には子供は相談しなくなるのです。

  安易にアドバイスを与え過ぎると、子供は問題解決するチャンスを失います。それは、相談された時に子供に自分で考えさせるような「聴くテクニック」を持たないからです。

  また、子供が間違った行動をした時にも、主語を「you」にして「それは違う」「ダメよ!」「何をやっているの!」「こうしなさい!」と、これまた親は子供をコントロールし禁止令のオンパレードです。これはペットと同じ外から賞罰を用いた「しつけ方」です。
 

  このやり方では、古い脳の動物脳しか鍛えられないし、怒って、叱って、子供を変えようとすると、新しい脳の「前頭葉」の自己規律(セルフコントロール)は鍛えられません。これは叱る、許す、ムチとアメの Reflex(反射的)な教育です。

  大切なことは、その子みずからが善悪を考え、未来を予測し、自分の尊厳を保とうする、自らのcalculate(判断力)です。この自分で考える部分(前頭葉)を鍛えることが重要なのです。

  この前頭葉にある、誰かに指摘されなくても、自分で自分を制御するのは、高等な脳を持つ「人間らしさ」です。おでこの前が急勾配で、後ろだけが高かいゴリラの頭蓋骨には、この前頭葉の場所が少ないのです。
 

  人間はおでこの前頭葉の部分が素晴らしく立派なのです。でも、いくら高度な前頭葉を持っていても、鍛えないと宝の持ちぐされです。

  ですから「すぐに感情的になってしまう!」「相手の痛みに対して共感できない」「イヤなことはスグに先延ばしする」「自分勝手な動きをする」「面倒な人とはコミュニケーションを取らない」これらはみな「前頭葉」を発達させていない証拠です。凶悪犯人の中にも前頭葉の弱体化が見て取れます。

  親たちは脳の後方側面の「情報の蓄え」のみの教育に力を入れ「自分で自分をコントロールする」前頭葉の学びは、二の次、三の次なのです。

  悲しい事件を見るたびに「前頭葉」を育てる「教育」の大切さを痛感します。
  カウンセリングの現場でも「子供の前頭葉を伸ばすために心理学を勉強しませんか?」と言っても「いつか、そのうち」「私は大丈夫なんです」と、育てる親が、イヤな事や面倒なことは先延ばしにする傾向があります。そんな親も「前頭葉」の機能が弱いのです。

  そんな親が言うセリフに「子供が直ぐにやらなければならない事を、いつも先延ばしにする」と訴えるのです。僕は心の中で「あなたとソックリではないですか?」と心の声を飲み込む事になります。

  前頭葉を鍛えるテクニックはたくさんあります。
  相手にしっかり考えさせる「聴き方」や、自分から考えて行動を変化させる「叱り方、伝え方」、やらされる会議を自発的な会議に変える「win-win解決法」、先送りするクセをなくす「ABC理論」、相手の立場に立てる「役割交換法」など…

  前頭葉が勢いよく伸びるタイミングで、親がここを伸ばしてあげると、その子は爆発的に成長します。
 

  もちろん、それは大人になっても自分自身で伸ばせられるのです。

  学校、職場のいじめ、親による子供への虐待、自殺防止の方策も大切ですが、前頭葉を鍛え、すぐに自殺に向かってしまわない、自己のコントロールを身につける必要もあります。

  外の環境を変え、問題を取り除くアプローチよりも、ストレスに負けない人びとを作る教育こそが僕は急務だと考えています。

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