そばにいるのに知らないこと…

      2019/04/21

 8月も終わり、9月に入りました。
 夏に何したっけ?と思うくらい素っ気なく、もうすでに秋の気配がそこかしこに…

 先日、研究コースの修了式が終わりました。
 全国から総勢508名の卒業生を迎えました。
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たくさんのキラキラした仲間の笑顔に囲まれ、華々しくも凛とした研究コースの卒業生たち。
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 基礎の修了式と違って、研究コースの卒業式は同期生と過ごす時間も長いだけに「大人になって、こんなに素敵な仲間に出逢えるとは!」と誰もが言ってくれる。研究生は仲間の援助があって成りたつので、講師も知らないたくさんのドラマが生まれるようです。
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 今回もカウンセリングの経験を多くのメンバーが振り返って話してくれました。

 東京の受講生である男性教諭は、受講する中で感謝のIメッセージを元同僚の教師である奥さんに伝えたそうです。「いつも美味しいご飯をありがとう。美味しいご飯が食べられるから仕事頑張れるよ。君と結婚してよかった」と…そう言うと奥さんから「…こちらこそありがとう。私も結婚してよかったよ。大丈夫よ」と言ってくれたそうです。でも、この最後に奥さんが言った「大丈夫よ」が気になっていたのです。それのワケを話してくれました。

 交流分析のエゴグラムで、お互いが逆の性格だと知って、奥さんは「お互いに違う性格だから、私たちはうまく補い合ってるのよね…大丈夫よ」またもやこの「大丈夫よ」が気になったそうです。

 絵画療法で、木の絵(バウムテスト)を描いてもらって奥さんに説明したそうです。「紙いっぱいに枝が広がっているから、他人とのかかわりは広く、情緒は安定している。それに、幹が太く、生命力にあふれているようだし、全体的にエネルギーに満ちていて元気いっぱいって感じだね」
「そりゃそうよ。元気だもの!」
「でも、幹の下のほうにコブが二つ。もしかして、小学校の頃、何かショックなことなかった?」
「ぜ~んぜんない」と奥さん。
「そうか、ならいいんだけど。ゴメン役立つことが言えなくて」
「大丈夫よ…」とまたもや「大丈夫よ」がついて来た。

 彼がメンタルに通うようになってから、なぜか奥さんの「大丈夫よ…」と口癖が気になっていたそうです。

 実は、この奥さんの「大丈夫よ」で、彼は救われたことがあるそうです。

 熱血教師に憧れて先生になった彼のクラスに、不良グループの女子生徒がいた。その女子生徒に対して無関心な他の先生に反発を感じながら、彼は自分の信念に基づいて、その女子生徒に真っ向から向き合っていた。ある時のこと不良グループと一緒にいた彼女を、強引に仲間から引き離して家に連れ戻した。
 「卒業することが、君の一番の幸せだ!」と自論を熱く語った、彼は満足していた、彼の憧れた熱血教師に近づいているようで…

 ところが数日後に、その女子生徒の自殺騒ぎが学校で起こる。

 その女子生徒が、校舎の屋上に立ったのです。あわてて屋上に駆け上がる他の先生たちの中で、担任である彼は、ショックのあまり職員室で座り込んでしまったのです。その後、彼は教師としての自信を失って、辞めることしか考えられなくなった時に声をかけてくれたのが元同僚の奥さんだそうです。その時の言葉が「大丈夫よ」だったそうです。

 奥さんは、いつも家では鼻歌を歌いながら、楽しそうに家事をこなし、学校の出来事や生徒とのやり取りを、今そこで起きているように、身振り手振りを交えて話してくれる明るい人だそうです。

 メンタルの研究が最後になって、カウンセリングのレポートを書くために奥さんにクライエント役をお願いした時のことです。

 「研究生だからカウンセリングの練習をしなくちゃ」と言うと…
 「え~~もしかして本当に、あなた心理学の勉強に行っていたの?」と奥さんは心から驚かれたそうです。「私、実は疑っていたの。心理学の勉強と言いながら、本当は、仕事のプレッシャーで悩んで精神科にでも通っているのかと思っていたの」と…

 これで奥さんの付け加えていた「大丈夫よ」の謎が解けました。

 奥さんの「大丈夫よ」は、ご主人に気づかって使っていたのです。出会った頃のように、ご主人が重圧に落ち込んで、メンタルの勉強のことを知らない奥さんは、ご主人がムリして最近、明るく振舞っているのではないかと陰ながら心配していたのです。

 だから、エゴグラム・テストも、木の絵にも、ご主人が心配するような結果にならないように考えて、慎重に答えたりしていたと言うのです…それが分かり、ご夫婦二人は大笑い。

 でも、この話には続きがあります。

 お互いに誤解が解けて、再度奥さんにお願いしてクライエント役を依頼したそうです。

 ゲシュタルト療法の「エンプティ・チェア」をやってみました。

 「目の前の椅子には、君が座っています。君は君の守護霊です。だから、いつも本人を陰ながら見守っています。そして、守護霊だから君のことは誰よりも何でも知っています。今から、守護霊として自分自身に心配していることを言ってあげて下さい」

 「私、この方の守護霊なんですが、守護霊として苦労しています。この人を守ってあげたいと思っているんだけど…『あっ!』と言う間に、この人は行動するので、サポートが間に合わないことが多いんです。不言実行というよりも、発言しながら、もう実行をしているタイプです。だから、失敗も多い。それでも反省しないんだな。また、同じことを繰り返してしまうことが多々あるのです。本当に大変ですよ、この人の守護霊としては…」

 では次に、守護霊として、自分を見ていて「スゴいな!」と思うところを言って応援して下さい。あなたの守護霊は見えないガンバりも、いつも見て知っています。

 「うん。この人は、負けづぎらいなの。だから、自分が辛くても、辛いって言わないの。弱音を吐かないで、やるべきことをキチッとやるまでは、あきらめない。他人に、ああだこうだと言われたり、心配かけたくないの。だから、いつも動いている。けなげだねぇ。かわいいねぇ。だから、私はいつも励ましている。大丈夫よ。いつも私がついているってね」

 奥さんは少し涙ぐみながら「ありがとう。あなた」と言った後、思い出したように、奥さんが教師になった原点を話し出したそうです。

 奥さんが、小学校5年の時に、自分を変えてくれた先生に出会ったこと…両親が共働きで、かまってもらえず、さびしい思いをしていたこと。

 その頃の奥さんは、おとなしく自己主張が出来ない生徒だったこと。ただ、その先生だけはクリスマスや、誕生日には必ず声をかけてくれたこと。そして、奥さんを積極的で明るい性格にする為に、全校発表の代表や、クラス委員にも推薦してくれたのも、その先生でした。次の学年でも、担任は変わらないように配慮してくれたこと。でも、家庭の事情で、奥さんは友達のいない別の学校へ転校してしまったことも。

 それから、しばらくしてその先生が、病気で入院したことを知り、お見舞いに出かけたが、先生の病状がひどく、小学生の奥さんは病室に入ることが許されなかった悲しい思い出も…

 お見舞いから、数日後に、その先生は亡くなられて、その後、その先生の看病をしていた人から、先生は入院の病床の中で、知らない土地に転校して行った女子生徒である奥さんを心配していたと聞きました。「さびしいだろうに、かわいそうに。なんとかならないかね…」と、自分のことのように、うわ言で何度も何度も言っていたそうです。

 それを知った時に奥さんは、先生になることを決心したのだとご主人に語った。

 お世話になり、心配をかけた先生に何かを返したい…だから、自分が明るい先生になり、元気に先生をやることが、天国にいる大好きな先生に見せて安心してもらいたいとご主人である受講生に語ってくれたそうです。

 カウンセリングを通し、奥さんの生き生きした表情を見て、守るべきことが見つかったと、受講生である彼は「奥さんとの日々が幸せだ」と語ってくれました。
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 また、ある大阪の女性の受講生は、お母さんが強迫性の加害恐怖でした。外に出かけるたびに「誰かを、お母さんが殺していない?」「誰かニュースで死んでいない?」「誰かが倒れていないか?」「もし、誰かをお母さんが殺していれば、あなたは学校には行けなくなる」と、いつでもそれを言われたそうです。この加害恐怖のお母さんが納得するまで「死んでいないか?」の確認は続いた。納得いくまでの確認を子どもたちがしないと、子どもにも大きな声を出して怒鳴り、手をあげてしまうのです。

 彼女が育っていく中で、彼女はお母さんが納得するまで、確認をしないと許してくれないので、自分は「~しないと愛されない」条件付きの愛が教え込まれ、自分は「~出来ないから私はダメ」「誰からも愛されない自分はダメな人」と思い込むようになっていったそうです。

 愛するお母さんから、愛されない悲しみは、お母さんに対しての憎悪になり、親に対する愛情は薄れ、彼女は、母は「精神異常者だ」と思うことで納得していたそうです。

 でも、メンタルに通い始めて、過去の見方をチェンジすることを学び、そんな過去があるから心理学に興味を持ち、今は精神科の病院にも働いているのだから良かったと「人生の足らなさ」よりも「人生の足りている」ところにフォーカスをして見るようになると、やがてお母さんへの憎悪は消え、子育ての心理学で「母乳は白い血液だ」と知り、お母さんの中で40週も血を分けてもらったこと。

 生まれてからも、身をけずってずーっと育ててもらったことなどに気づき、それをIメッセージで、お母さんに伝えて、今、自分史上いちばんお母さんと優しい関係になっていると報告をしてくれました。

 彼女がメンタルに通うようになると同時くらいに、お母さんが「もう一度、子育てをしたい…」と言うようになったそうです。それを聞くたびに受講生である彼女は「私のことを失敗作とでも思っているの ‼︎」と悲しくなったそうです。

 メンタルの研究のレポートを書くために、お母さんのカウンセリングを試みたそうです。

 お母さんは「どうして、また子育てしたいと思っているの?」と、一言切り出したら、お母さんは「私が子宮を取ってホルモンバランスが崩れたせいで、加害恐怖の神経症になり、あんた達にイヤな思いをさせたこと、幼い時に甘えさせてあげれなかったし、今になれば、どれだけ、小さい時のかかわりが大切かが、わかるので後悔している…」

 カウンセリングを通して、お母さんはもう一度、新しく子供を育てたいのではなく、もう一度、受講生の彼女を、優しく育ててあげたいのです。

 さらにお母さんはつづけて「もっと早く心理学の勉強をしておけばよかったし、早く治るように精神病院に行ってればよかった。でも精神病院に行くと、変な噂をされて、あんた達の将来をつぶしてしまうのが怖かった」と…

 彼女は、お母さんのカウンセリングを通して、お母さんが姉妹の将来を心配して、独りで孤独に苦しんでいたことを知ったのです。それは、不器用だけど別の形の「愛」だったのです。

 謝るお母さんに、受講生の彼女は「お母さんは何もしてあげてないと言うけど、私はここまで育ててもらったことが充分に愛をもらったと感じてるよ。動物の中で人間の赤ちゃんほど弱い生き物はないんやて。
それを、ミルクをもらって、オムツ替えてくれて産後しんどい思いをしながらあやしてくれた。それは、すごい愛情をくれた証拠じゃないんかな?
 40週間、大事にお腹で育ててもらえたことも、何度も流産しかけたのに守ってくれたこと、お母さんの子宮と引き換えに生かせてもらっている私が今、ここにいることも、そして、その娘も今も笑顔で支えてくれていることも、それが充分過ぎるほどに、お母さんは愛を与え、家族に対して幸せをくれて いるやないんかな?お母さんどう思う?」

 「そうやなぁ。あんたは、昔みたいに暗い顔をしてないし、お嫁に行っても、いつも遊びにきてくれてる。母さん、母さんって。そうやな、あんたは母さんのこと嫌いじゃないんやなぁ…」と

 彼女はカウンセリングをして気づきましたと語ってくれました。
 このカウンセリングのやり取りで、母は子育ての後悔だけではなく、“こんな私だから娘たちに嫌われているのではないか?”と感じていたのかもしれませんと。私も母に似ていて「出来ない私は嫌われる」という考えの癖(イラショナル・ビリーフ)がありました。

 昔から母の「誰か死んでない?」と言う確認作業を出来ない私は「お前は何も出来へん。お姉ちゃんと全然違って役立たへん」という言葉を小さい頃から抱え、「出来ない私はダメな人間」と思い込んでいました。

 メンタルで勉強した今では、確認作業は出来なくとも、姉に劣っていても、私自身が愛されていないわけではない。また、母自身も過去の子育てに過ちがあっても、今は娘に愛されていないわけではないのです。

 出来ない=愛されない

と言う方程式が母と私にあり、そのことが膿んだ傷のようにジクジクと、にぶく痛み、自分を責め、出来ない自分は嫌われる、劣っていると感じていたのだと、母のカウンセリングを通し、さらに自分にも気づけたことが収穫でしたと語ってくれました。
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 また、ある博多の受講生は、お母さんが「一にも二にも、お金お金、社会的な地位、地位」と言っているのがイヤでした。そして、自分の中にも、その考えがあることが不安でした。

 そして、お母さんのカウンセリングをしてみたのです。彼女のお母さんは子どもの時には裕福な生活だったそうです。でも、医者であった父親が家族を捨てたことで家族はやがて離散し、一転、貧しい生活に変わったそうです。

 そして、お母さんは自分が学校に行けなくても、住み込みをして働き、弟は学校に行かせたこと、お金がある時とない時では、周囲が自分たちを見る目が変わったこと、幼い時から仲良くしていた母の従姉妹が、なに不自由もなく学校に通い自分のなりたかった女医になった時の孤独と嫉妬などを、カウンセリングを通して聴いているうちに、受講生の母がなぜ「学歴」や「地位」にこだわって、自分を育てたのかが理解できたそうです。

 その結果、お母さんの価値観にイライラしなくなり、自分の幼い時からの、なぜか金銭や社会的な名声にこだわる、認知の歪み(イラショナル・ビリーフ)に気づけたそうです。
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 また、名古屋の若い受講生さんは、祖母のカウンセリングをしたと報告をしてくれました。

 おばあちゃんの心にある老いることの不安、最近は耳が遠くなってしまい、空返事してしまう理由などを聞いているうちに、今までは話が伝わらなくて「あーめんどくさ、もういいわ」って言ったり「適当に返事するんじゃねーよ」って思っていた自分を振り返ったそうです。

 また「補聴器もっとるんやで、つけて!」とYouメッセージで言ってきた過去の自分を知り「ごめんねぇ」と、話を聴きながら泣きたい気持ちになったそうです。そして、補聴器が街の中では雑音を拾い過ぎて気分が悪くなったり、電話だと受話器との相性で「ピー」と高い音で出てしまい、外さないと逆に聴きづらいことを聴いて、おばあちゃんが補聴器をつけない理由も共感できたそうです。そして、優しくIメッセージで補聴器のことを伝えると、おばあちゃんが補聴器をつけてくれるようになった変化にも驚いていました。

 そのカウンセリングの時に、お母さんにはお父さんがいる。お兄ちゃんは会社に行けば話す人がいる、でも、家族の中で一番話すのが好きだけど、おじいちゃんが亡くなってからは、みんな仕事で疲れている時には、おばあちゃんの話しを聞き流すか、返事もしないことに気づいて、彼女が話し相手になろうと決心したそうです。

 この受講生と祖母の関係はメンタルに通って良好なので、仏壇に手を合わせて「今が一番楽しいから、もうちょっと迎えに来るのを、まっててねぇ」言っている祖母を見て自分自身も幸せだと報告をしてくれました。
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 また、ある大阪の受講生は頑固なお父さんのカウンセリングを試みたそうです。

 いつもは、怖くて近寄れない父が、仕事が不景気で持ちこたえれない時に、自殺を考えていたこと。親戚が誰も助けてくれなかったこと…それで、保険金を残し家族を守ろうとしたことなどを聴いているうちに、子どもの時から、漠然と感じていた親戚関係とが良好でないことなども理解できたそうです。

 そして、彼女は、人生の時間はいつか終わるタイムバジェットの考え方をお父さんに話し、ABC理論を用いて、過去に囚われずに受け取り方を変え「今」に注意を促すとお父さんが「兄弟仲が悪くなったことで、誰にも頼れないという気持ちで、今まで頑張れたこと、親戚が疎遠のぶんだけ、自分の家族の仲がいいことに幸せを感じて幸せだし、あの景気が最悪の時に逃げ出さなかったから、お客様から信頼される「今」があること」語り出した…

 そして「視点を変えると、気持ちが変わるね」と、お父さんが笑顔で応えるのを見て幸せに感じたそうです。受講生の彼女は、突然に仕事を辞めたお母さんに対して、父親は不満に感じていると思っていました。でも、父親がカウンセリングを通して、語った話しは、お母さんが仕事を手伝ってくれ、色々アイディアを出すことに感心をしていることや、お母さんのお陰で今の仕事がうまく行っていることなど、父から母親への愛の告白も聴けたことが、何よりも嬉しかったと、カウンセリングで報告をしてくれました。


今回はメンタルの卒業式で報告してくれたメンバーのカウンセリングを聴いて灯台もと暗しと言うけれど、そばにいて空気 のような身近な家族に対して、カウンセリングを通して客観的に聴いてみると、それぞれに人生があり、それぞれが日常の中で思いを抱えて生きていることを、身近な人ほど知ることなく過ごしているのかもしれません。

 広島の土石流のように、突然、家族の命がなくなると、僕たちは四方1メートルの身近な人のことを知っているのかを考えます。それゆえに、悩める人のカウンセリングだけではなく、僕たちは四方1メートルのカウンセリングを考えるべきかもしれません。

 今回は研究のメンバーにたくさんの気づきをいただきました。
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ありがとう&おめでとう。

~Special Thanks~

※卒業式にご参列頂いた当協会卒業生の外部講師陣(五十音順)

空間心理カウンセラー
 伊藤 勇司 先生

絵本セラピスト協会 代表
 岡田 達信 先生

女性限定セミナー「ポリッシュナビ」主宰
TV番組・コメンテーター
 栫井 利依 先生

日本手相セラピスト協会 代表
 笹田 修司 先生

日本メンタルフィットネス協会 代表
自律訓練・メンタルトレーニング専門家
 下口 雄山 先生

日本読書療法学会 会長
パーソンドセンタードケア 講師
 寺田 真理子 先生

40万部ベストセラーシリーズ「24の物語」著者
 中山 和義 先生

質問家/「魔法の質問」主宰
 マツダミヒロ 先生

名言セラピーシリーズ他・ベストセラー作家
漢字セラピスト
 ひすいこたろう 先生

ホリステックアロマセラピーカレッジ主宰
アロマサロンココサリー主宰
 吉田 洋旺子 先生

アクティブカラー協会 代表
 吉原 峰子 先生








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