世界は二つだけ?!
2019/04/21
4月は、日本ではスタートの季節です。新しい世界に旅立つ月なのです。
ただ、最初から気負って、あまり高い目標を持ち過ぎると、イカロスの翼ではないけれど高く飛びすぎてロウが溶けて失速してしまいます。
目標に到達しなければ自分の人生は意味がないと自分を責めて心の病気になりかねません。今日という日を精一杯に生きればいいのです。
よくセミナーの中には「夢や目標を持て!」と言われるトレーナーがいますが、確かに夢や目標は大切なのだろうとは思うのです••••
けれど、そこに到達しなければ人生に意味がないと決めてしまうと、そこに到達しない自分の人生は価値がないとウツ的な気分にみまわれます。
入学試験でも、入社試験でも、合格することもあるし、落ちる時もあります。
インディアンは「すべての出来事は、グレート・スピリット(大いなる神)」の不思議な技だと言っています。
志望校に落ちて、仕方なく入った学校で一生の友に出会ったり、行きたかった会社に入れなかったことで、泣く泣く入った会社で、自分の人生を支えてくれる上司に出会ったりと••••
まさに人生は不思議なのです。
もし「あの高い夢や成功の世界に到達しなければ、自分の人生は意味がない」と、それだけしか見えなくなれば、そこに行くまでの日々は、目的に到達するためのレールでしかない。人生の日々が、まくら木になってしまいます。
そんなこり固まった考えの人が、もし突然に病気になったり、死ぬことになれば、自分の人生は意味がなかったと「無念!」となります。
僕は日々の生活が、そうレールのまくら木の「今日」が楽しいのです。
もし、目標や夢ばかりに目をやると、日々の毎日は通過点でしかなくなってしまいます。
レールが楽しいのです!(注:鉄道マニアではない)
さらに、夢や目標だけが人生のすべてになると、すべての出会う人が、自分の目標に対して役に立つ存在か、夢に対して価値がある人間になるのか、とたった二つに人間関係を分類してしまいます。
たくさんの出会いのバリエーションある人々を「役に立つ人」「役に立たない人」とバッサリ切り捨ててしまいます。
この分類の病は、結婚できる人であるか、できない人であるか、子供は自分の世間体を向上してくれる存在であるか、ないか。夫の給料が年齢別の平均給与より高いか、低いかとなります••••
だから、自分の人生も目標に近づけているのか、近づけていないのかで考えるようになります。
そして、少しでも予測どおりにならなければ、すぐに「自分の人生は終わった」と自分の人生すらもバッサリ切り捨てて心の病におちいるのです。
夢や目標から離れている時に、本当の夢の実現に近づいている瞬間かもしれないのに•••••
だから、人生は不思議なのです。
だから、人生を楽しんでいる人は、すべての出会いは「おもしろい‼」と感じる人です。
そして、いつも「今日」という日々は目標に到達するためのレールではなく、二度と戻らない「最高の日々」ということを知っています。
そのような人は、すべての出会いが、学びだと思っているから、人生は楽しいのです。
昔から目標を持てとか、自分の周囲の人に重要度をつけろ!
と言われるとアレルギーを感じるのは、僕が「今、ここ」が最高と感じていたいからなのです。
だって、今日(現代=present)は神様がくれたギフトなのだから••••
今の、喜びも、悲しみも、深い人間になるための自分の栄養だと思って味わうしかないのです。
まさに、人生はワンダーな世界!